心月院

日本宗教史、近代文学史、近世経済史などで重要視され、最近、特に脚光を浴びている人物です。 戦国時代の末期,則定城主鈴木忠兵衛重次の長男に生まれ、徳川家康、秀忠の二代に仕え、慶長20年(1615)二百石を賜り、旗本となりました。
しかし、元和6年(1620)四十二歳の時、 長男であるにもかかわらず家督を弟に譲り、多年の宿願である出家の身となりました。石平道人と号した正三は、三河・江戸その他に住して、めざましい宗教活動を行い、彼の唱えた禅は 「仁王不動禅」とも呼ばれています。この地方における 活動としては、多くの寺院の建立、再建を手がけました。則定の入り口にある心月院は、厳しく激しく生きた姿を伝える正三像が祀られています。
なお、熊本、天草の乱の後に初代代官として政治を行った鈴木三郎九郎重成は正三の弟で、本渡市の鈴木神社には重成、正三、重成の息子重辰の三人が祭神として祀られています。

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